芥川賞作品「冥土めぐり」読んだんですけど・・・

 暇だ。バイト全然行く気しない。こんな暇なときは。ブログでもやろう。アクセス数アップさせよう。タイムリーな話題を提供してやろう。そう思いたって、文芸春秋で読んだんですよ。「冥土めぐり」 このブログの雰囲気とはちょっと違うんですけどね。新しい風をふき込もうとかなと思って。
 芥川賞って結局ちょっと話題にはなるけど、実際読んでる人ってほとんどいないですからね。だから僕も芥川賞作品をこんなに真剣に読んだのは「苦役列車」以来二度目でしたから、ちょっと気合を入れて、この小説に立ち向かったんですよ。ふだん誰とも喋らないフリーターが。誰にも頼まれずに。一人でね・・・。書評で感想書けば、検索で来るかなと思って。
 100枚強あるんですよ。この小説。そんで100枚って読む方からしたら、短い部類に入るんで、「あっさり読めるわ―」って思って読み始めたんですけど、正直読み終わったときの感触は、300枚ぐらいあったような・・・そんな・・・疲労感・・・。いや徒労感・・・。最後の方は、あと何枚あるんだよって、ページ確認してましたからね・・・。この小説あれですね。一言で言い表すなら、他人の悪口をずーっと訊かされているような小説です。
 100枚それに共感できるって人は、ぐんぐん読めます。自分の現実の方がこっちより何倍もしんどいわって人は、たぶん読めません。ボクはどちらかというと後者でした。面白くは・・・ない・・・。

 面白くない小説に出くわしたときって、二通りあるんですよ。
 面白くない理由がなんとなくわかるやつと、面白くないんだけど面白くない理由がよくわからないやつ。
 そんで、「冥土めぐり」は前者なんですよ。面白くない理由がなんとなくわかるタイプ。

 こういうタイプの小説に出くわすと、ちょっと文句を言いたくなるんですけど、ただ何の実績もない物書き志望がプロの作家の作品を貶している姿ほど痛々しく、不憫なものはないですから、ここはなるべく控えめに、自戒を込めて、自分に言い聞かせているようなつもりで言いたいと思います。 

冥土めぐり (河出文庫)

冥土めぐり (河出文庫)

 

 

主人公は女性なんですよ。普通の主婦。そんで、脳に障害を持った夫と、小旅行に行くって話なんです。まぁ、なんてことない話なんですけど、その旅行先で、さまざまな風景に出合い、自分の忌まわしき過去を思い出すという構成の小説なんですね。だから回想シーンがやたら多い。―――奈津子は思いだす。――○○は、奈津子にあの記憶をよみがえらせる―――みたいな。行く先々で、奈津子っていう主人公がいろんなことを、もうアホなんじゃねぇかってぐらい思い出すんですよ。何回も。

 それで思いだす記憶ってのが、自分の家族にかんするあれこれで、この奈津子の家族が、なんというか、とんでもない俗物一家なんです。母親と弟がいるんですけどね。こいつらがもうほんとどうしようもないわけです。母親は奈津子に「スチュワーデスになれ」って口癖のように言ってくるんですよ。スチュワーデスは女の子の憧れだから。もう絶対なってって。なんかあるごとに言ってくるわけです。うっすら本気で。それで主人公は普通のパートの主婦ですから、そんな母親のバカみたいな忠告がうっとうしい。「私、普通の人生が一番だから」っていうスタンスなので、母親とは基本そりが合わないんですよ。
 そんで弟はというと、こいつもまた母親と同じで、「俺はさぁ、いつかビッグになるんだよねぇ、いつかフランスに留学するんだぁ」ってのが口癖の、うんこみたいなチャラ男で、それでカード破産して、今は借金こさえてる。どうしようもない奴なんです。この母親と弟は、昔のよかった時代の思い出に浸って、いまだにその夢から抜けきれないという人たちなんですね。テネシー・ウィリアムズガラスの動物園に出てくる、アマンダとトム。あれみたいな。たぶんかなりインスパイアされてるんじゃないかと思うんですけど、あの小説とかなり似ています。

 そんで主人公は、そんな母親と弟に板ばさみになって、あーしんどってなってるんです。早くこいつらと縁切りてーって内心では思ってるんですけど、家族なのでなかなかそういうわけにもいかない。
 ところがあるとき、パート先の職場で、ある男性に出会うわけです。太一っていうんですけど、向こうが突然、主人公に一目ぼれしちゃって、「つきあってくれ」と言ってくるわけです。そんで主人公は、そいつにたいしてなんの感情もなかったんですけど、家族から逃げれるかもっていう気持で、あっさり承諾しちゃうんですね。いいよって。ところが母親から「なんでそんな男と結婚すんのよ。もっと金持ちと結婚しなさい」ってどやされて、弟からは「あいつどこの大学でてんの? 芸術の話できんの?」ってインテリ気取りの嫌み言われて、「あーもうそこまで言うんなら、逆に結婚してやるわ」ってなった主人公が、反対を押し切り太一と結婚するんですね。
 
 そんで新婚生活を始めるんですが、その矢先、太一が脳の病気になって、障害を持ってしまうことになるんです。もう会話もおぼつかなくなり、車いす生活。そんで母親からざまーみろ的なことを言われてね。もう嫌になった主人公は夫連れてうっすら心中するような気持で、旅行行こうってことになるんですよ。その旅行先が、昔母親の両親、主人公のおじいちゃんが建てたホテルで、今はもう干からびてるんですけど、かつてはもう金持ち御用達のリッチなホテルで、母親と弟はまだその栄光をひきずってるってわけなんです。

 まぁ、ざっとあらすじはこんな感じなんですね。
 ここまでてっとり早く語りましたけど、実際はもっと長いですからね。しかも根底にくら~い、シリアスーな感じが漂ってますから、読んでいて楽しい代物ではないです。

 それとねぇ、この小説、細かいところをあげつらったら、ちょっと変なところもあるんですよ。文章的に。

 主人公がパート先の職場で、旅行の広告を見つけるくだりがあるんですけど、


 奈津子はスーパーへ行く途中の町内の掲示板にこんなポスターを見つけたのだ。
 「二月、平日限り、区の保養所の宿泊割引一泊五千円」
 その時、奈津子は非情な悦楽と耐えがたい苦痛の矛盾に引き裂かれて恍惚とした。それは奈津子が幼い時に両親と弟と四人で出かけたあの高級リゾートホテルだったのだ。


 これはどうなんでしょうか。いや、僕も痛いほど鹿島田さんの気持は、わかるんですよ。主人公の複雑な気持ちを伝えたいがために、こうなったのは、もうしょうがないのはわかるんですけど、非情な悦楽と耐えがたい苦痛の矛盾に引き裂かれて恍惚とした。って、いくらんなんでも「それ、どんな状態!!?」って思わず読んでて黒目がひし型になりそうになりましたよ!!!情報量が多過ぎて、曖昧模糊としすぎですよこの文章。もう「複雑な気持ちになった」って、それだけでいいじゃないですか。
 こういう大げさな言い回しにいちいち文句つけていてもしょうがないのですが、ちょっとこの作品は、もったいぶった文章表現が多過ぎなんですよ。めんどくさいんで、いちいち例はあげないですけど。

 それに加え、この作品の最大の損は、やっぱり回想シーンの多さじゃないでしょうか。その回想シーンもね、べつにストーリーに風を吹き込むという感じではなくて、ほとんどが母親と弟がいかに愚かで、俗物なのかを説明してるエピソードばっかりなんですよ。自分は完全な被害者で、向こうは完全に悪。だからいくら言ってもこっちが正しい。正義って感じで。それが面白かったらいいですけど、あんまり面白くないんですよ。それがたとえ事実でもね。読み物としては面白くない。主人公が作中で母親にたいして、「母親は、自分が受けた仕打ちと不公平が、いかに悲惨で不幸なものか、なんとかして伝えたい」って言うんですけど、読んでると「いやいや、お前が言うな!!!」ってハリセンで叩きたくなるんですよ。一本調子なんですよね。悪口が。自分の落ち度が見えない。松尾スズキが本人っていう雑誌のなかで主催した雑誌の実話投稿で相沢一穂さんの「無題」っていう小説があるんですけど、そこに出てくる主人公の女が、この小説と似たような感じで、かんなり不幸なんです。どうしようもない家庭に育って、不良になって、やくざと付き合って、事務所の金持ち逃げして、家にまでやくざ来て、なんかぼこぼこにされて、むちゃくちゃ波乱の人生なんですけど、こっちのほうが「冥土めぐり」より面白んですよ。なぜかというと主人公が能動的なんですよね。「不幸」と「幸福」になれる選択に迫られて、なんでかわからないですけど、わざわざ「不幸」のほうをみずから選びとっちゃう女なんです。毎回。自業自得なんです。あきらかに主人公に非がある。
 
 ところが、「冥土めぐり」の主人公はちょっと受け身すぎるんですよ。旦那と強引に結婚したぐらいが能動的ですけど、まぁ、そのぐらいで、親に向かって「こんちきしょう」って積み木くずしの安達由美みたいに殴りにかかるような勢いが足りないですね。駆け落ちに似た旅行も、小旅行ですからね。それも町内ですし。もっとアゼルバイジャンとか行けよって思うんですけど。最後、ちょっとだけ母親に対して抵抗するんですけど、その抵抗が、母親が送ってくる服を着ないっていう抵抗だけですからね。それだけ・・・って。

 あと最後にこれも言わせてください。
 この小説の主人公、奈津子っていうんですけど、この女、海を眺めすぎです。
 夫と旅行に出かけてから、海岸沿いにばぁーって広がってる海をことあるごとに見すぎです。なんかあるごとに「あ、海だわ」って。その海もべつにディープインパクトのラストみたいになってるわけじゃなくて、もうふつーの海ですからね。ザブーン・・・。ってなってる。しかもその眺め方が、殴りたくなるほど思わせぶりなんですよ。「どうしたの?」って訊いたら、「ううん、なんでもない」みたいな。すぐ顔背けて、眼にはかすかに涙が・・・っていう。表情見たらわかるでしょう。触れられたくない過去があるの私・・・でもそこはあえて訊いて・・・みたいな。主人公の不幸アピールがすごいんですよ・・・。張り倒してますよ、こんな女身近にいたら。
 しかも途中で、誰も訊いてないのに「そういえば海で思い出したけど・・・」って。海がきっかけで回想に入ろうとしますからね。いくらんなんでもそれはないだろうと。山田太一のドラマじゃないんだから。他のイメージで回想に入るのは許せても、海のザブーンで昔を思い出されるのは、ちょっと許せません。海に沈めたくなりましたもん。

 宮本輝が選評で、「レトロな少女趣味が好きになれない」って言ってましたが、まさにそんな感じですね。ちょっとむかしの少女漫画みたいな。センチメタルなんですよ。いろいろと。たぶん鹿島田さんの小説にでてくる登場人物って、朝起きて口のなか臭くならない人たちじゃないですかね。歯と歯茎のあいだの辺りが、黄色くならない人たちでしょう。貧乏ゆすりとかもしなさそうですし、アイスのフタもなめないし、風呂入ってて追いだきしたら垢が水面に浮いてこない感じじゃないですかね。ぼくはそっちの方が好きなんです。そういう人間のほうが、好感が持てますから。
 以上「冥土めぐり」でした。興味をもたれた方は是非読んでみてください。文藝春秋にのってますから。

 

冥土めぐり (河出文庫)

冥土めぐり (河出文庫)