真夏の夜におすすめのトラウマになるほど怖い小説ベスト5

 

 夏だ。本格的に暑い。そして蝉がうぜぇ。うるさすぎて寝つけない。こういうときは怖い小説だ。怖い。なかなか普段の生活で怖いという出来事に遭遇することはないが、怖いと感じる小説に出くわすことは何度もあるではないか。 

 そこで今回は怖いと訊いて「あれしかない」と個人的にすぐさま思い浮かんだ小説を紹介したいと思います。ほとんどネタばれするから、それがイヤって人は顔を手で覆って指先の間からこっそり読んでね。

 

 

 中島らも白いメリーさん収録「掌」

白いメリーさん (講談社文庫)

白いメリーさん (講談社文庫)

 

 

 中島らもの「掌」っていう短編です。どんな話かと言うとアパートにね、いっつもケンカしてる夫婦が住んでるわけですよ。すっごい仲悪くてね。もう些細なことですぐケンカになる夫婦なんです。別れる直前みたいな。ギリギリの夫婦なんですよ。そんであるときケンカ終わって、男が部屋を仕切るふすまをパって見たらね、なんか小さいシミみたいなのができてるわけです。赤ちゃんの手形みたいな。そういうがポツンとあるわけです。

 むかし赤ちゃんが住んでたのかなって男は思って、それで大家さんに頼んでふすまを交換してもらうんですね。そしたら嫁が「なんで勝手にふすま交換してんのよあんた!!!」ってまた怒ってまたケンカになるわけなんですよ。もう物とか投げ合ってね。そんでひと段落ついて、またパってふすま見たら、また赤ちゃんの手形ができてるわけです。前と同じシミが。おかしいなって思って、よく見ると赤ちゃんの手形じゃないんですよ。大人の手の痕。
 そんで男は怖くなるんです。それで友人に相談したら「おまえそれはあれだよ。昔住んでたカップルが別れ話でこじれて嫁さんのほうがしびれ利かして旦那を出刃包丁で刺し殺して、そのまま血まみれになった手で男がふすまにさわったんじゃないの」って友人に冷やかされてね。「バカなこと言うなッ」つって怒って帰ってくるんです。
 そんでふすままた交換したら、そしたらまた嫁さんとケンカになって、ふすま見るとまた手の痕ができてるわけですよ。
 あーわかったと。これは嫁さんが怒ったら出てくるんだなって男は思うんです。そんであるとき思い切って嫁さんに別れ話を切り出すんですね。ところが嫁さんは無表情で何も言わないままでね。そしたら自然とふすまのほうに目がいっちゃうんです。「でるなよ、でるなよ」って思いながら。ずーっとふすまを睨んでたら。ふすまは白いままなんですよ。

 「別れてもいいの」って訊いたら「あんたの好きにして」って嫁さんが言うわけですよ。そこでも、やっぱり手の痕は出てこない。
 「あーよかった」つってなんとなく男の緊張が一気に解けて安心して天井をぱって見上げたら、そしたら天井いっぱいに手の痕が無数にあって、嫁さんがスっと台所の包丁とりにいくっていう。短い短編ですが、ゾッとする話です。切れ味がかなりするどいですね。

 切れ味がいいといえば、かなり有名ですがこの短編もすごいです。

 

 ・ロアルド・ダ―ル 「南から来た男」 「あなたに似た人」収録

 

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

 

  主人公がね。休日にタバコ吸っていたら急に知らないおじいさんが話しかけてくるんです。それ、君のライターいつでも火がつくやつじゃろう」って。そうですけど、って主人公が答えると、そしたら爺さんが「わしと賭けせんか」って言ってくるんです。「そのライターで10回とも火が付いたら、わしの車おまえにやる」って言ってくるんですよ。このじいさんが。新品のキャデラックをやると。それに主人公も乗って「わかりました、じゃあボクは何を賭けたらいいですか」って訊くと、爺さんが「じゃあ左手の小指かけて」って言ってくるんですよ。「あー頭おかしい人だ。かかわらんとこう」って思って主人公は断るんですけど、ちょうどそのやり取りを見ていたアメリカ人の青年がやってきて「じゃあかわりに俺がやるよ」って言ってくるんですね。その青年が賭けをすることになるんですね。主人公をレフリーにして、爺さんの豪邸で賭けを始めるんです。青年の小指を紐でくくってナイフを爺さんがかまえて10回やって一回でも火がつかなかったらいつでも指を切れるように。そして始まるわけですよ。まず1回目成功、2回目成功、3回目成功、4回目も成功,5回目も成功、6回目,7回目ときて8回目のところで、火がぼわっと一瞬つきかけるんですが、ギリギリのところで、つかないんですっ・・・。青年かお真っ青になって。「きたー」と言わんばかりに爺さんがもうナイフを振り下ろそうとするんですけど、何やってるんですかー!ってその瞬間、ドアがバァって開いて、女の人が急に入ってくるんです。そしたら爺さんシュンとしちゃって。爺さんの奥さんなんです。めっちゃ怒られるわけです。奥さんに。「またそんな危ないこと性懲りもなくやって!!」って。爺さんしょぼ~んって。

 そしたら嫁さんが「すいません。あの人のいつもの癖でぇ、ほんとに申し訳ございません」って主人公と青年に急に頭下げはじめて謝り始めるんですね。「もうあの人には賭けるものはないんですよ。ほんとの無一文。車も私のものです。ずっとまえにあの人からわたしがすべて取り上げてしまいました。それはもう時間のかかる、耐えがたい、つらい、つらい仕事でした」

 って言いながら爺さんを連れて帰ろうとする嫁さんの手をパって見たら、指が親指と、ほかに一本しかなかったっていう。素晴らしいオチの効いたラストですね。

 

 上ふたつはオチでゾッとかましてくるタイプの小説ですが、次に紹介するのは雰囲気こわーいっていうやつです。永井龍男の「青梅雨」に収録されてある「私の眼」と「快晴」ですね。

 

青梅雨 (新潮文庫)

青梅雨 (新潮文庫)

 

  この二つは連作になっています。この連作にはおなじ主人公が登場します。
 この主人公の男が葬式に参加するだけっていう、まぁそれだけの、なんてことない話なんですけど、問題なのはこの主人公、亡くなった故人と生前会ったこともなければ残された遺族ともなんのつながりもない、まったく無関係な男なんですよ。
 まったく知らない赤の他人の葬式に勝手に参列してるんです。そんでなにするかって言うと、香典袋に靴べら入れるという。ただそれだけのことをして帰っていくんですよ。なんでそんなことするのかというと、単純に頭おかしいからです。読んでいくとわかりますが、この小説はそのキチなお方の一人称で進んでいきます。普通キチな人というのは外側にいて、我々を脅かしますが、この小説ではそのキチな人の脳内に入って、キチな人から見た世界っていうのを疑似体験できるような企みになっています。だから、得体乗れない不気味な読後感があります。
 ―――自分の思考力を疑ってみたことはありますか。なにかの機会にね。そういう時、人間というものは、何人かの人と自分とを比較してみて、安心するんです。あぁ、自分の頭は彼らと同じように正常だとね。比較の対象にした人間たちも、狂っているなどとは考えてもみない―――
 そう言われたら、どっちが正常で、どっちがキチかっていうのは、ただの多数派が決めているということがわかってきます。そういう意味でも怖い小説です。表題作の青梅雨もかなり怖いですが、こちらもなかなかです。

 

 森村誠一 「燃え尽きた蝋燭」  「魔少年」収録

 

魔少年 (角川ホラー文庫)

魔少年 (角川ホラー文庫)

 

 

 これは隠れた名作ですよ。そして怖いです。ゾッとします。幽霊とかじゃなく。人間の嫌な部分をテーマにした怖さですね。
 主人公はある一人の老人なんです。その老人の住んでるアパートが大火事になってるんです。住んでるアパート全体が。煙が部屋のなかに入ってきて、老人の部屋まで差し迫ってきて、「あー俺の人生もここで終わりかぁ」って。嘆いてるんです。誰も助けに来ないので。そんでちょっと昔を振り返りはじめるんですけど、この爺さん。もうとんでもなく悪い奴なんです。

 まず若い時に結婚して子供ができるんですけど、新しい女ができて妻子を捨てちゃう。そんでそこからポン引きやったりノミ屋をやったり家出少女をソープランドで雇わせたり、もうむちゃくちゃで、あやしい商売にばっかり手ぇ出して、それがうまくいかなくなると最終的に捨てた娘のところに戻って、金をせびるわけです。恥も外聞もなく。「あんたなんかお父さんじゃない」って娘から言われるんですけど、それでも娘のところに行っては金をせびる。そんで行きついた先が、老朽アパートの一室ですよ。ひとり孤独に死に瀕しているという、まぁ同情の余地もない、そういう爺さんなんです。
 それで煙が部屋のなかに充満してくると、「あぁ、いままで数えきれないぐらい悪いことしてきたなぁ・・・」って爺さんちょっと反省して、今まで人生をちょっと振り返るんですよ。迷惑をけてきた人たちに「すまなかった・・・」と思い始めて、なんと改心してしまうんです。「俺みたいなクズはここで死んでおこう」と、その場所で人生の最後を迎えようと覚悟を決めるんですね。そしたら「お爺さん、大丈夫ですか!?」って急に若い好青年が助けに入ってくるんです。たまたま成人式の帰りにアパートの前のボヤ騒ぎを見て飛びこんできたんですよ。その青年が。大工の見習いをしていてお母さんと妹のために家をつくってあげるたい夢を持った純真無垢な青年なんですね。そんな子が爺さんを助けに来たんです。「もう駄目だ」って思ってた爺さんですから、急に現れたその青年に感動するんです。青年が「もう大丈夫ですよ」って言うと、おじいさんは泣きながら「ありがとう、ありがとう」って声にならない声で青年に何度もお礼を言うんです。

 でも、青年が「ぼくの母と妹は知りませんか」って訊くわけですよ。おじいさんに。深刻な表情で。そしたら爺さん、その発言に突然醒めていくんです。――え、なに? 俺を助けにきてくれたんじゃなかったの――って。そしたら青年にたいする思いが瞬く間に消えていって。――自分は助かってもこの先どうせいいことはないだろう。それに比べこの若い奴には、長い将来がある。いい女を抱いて、面白いこともたくさんあるんだろうなぁ――ってなんか急に青年に嫉妬し始めるんです。そして母親と妹探す青年に火につつまれた部屋を指差すんです。「きみのお母さんなら向こうの部屋にまだいるよ」って。大ウソついて。そんでけっきょく青年がそのまま焼け死んで、大嘘こいた爺さんだけが助かってしまうという・・・。

 もう、ろくでもない話ですねぇ。クズは最後までクズ。成長もしない。改心もしない。人生にやぶれた年長者が、前途ある若い青年の未来を摘みとるストーリーに、シビアな人間観を感じ震えました。

 

錆びる心 (文春文庫)

錆びる心 (文春文庫)

 

 

ページをめくっている時、「あ、これやばい」と思った小説なんてこれが初めてですよ。怖すぎて。黒い家なんかよりも怖いです。興味をもたれた方は絶対に読まないでください。激しくネタばれするので。幽霊とかじゃちょっと常軌を逸した人の話です。
 主人公の女がですね。街をふら―って歩いてると、向こうから見たことある顔の女性が歩いてくるわけですよ。あれはもしかして瑞江ちゃんじゃないかしらって。声をかけると、「あら、おひさしぶりね」って向こうの顔が明るくなる。あら、やっぱりそうだわって。近くの喫茶店によってお互いの近況を話しあうことになるんです。主人公は出版社の編集者をやっていて、向こうは生物の教師をやっていたんです。今はもう辞めてるんですけど。教育関連の取材で知り合って、連絡先を交換する仲にまでなったんですけど、向こうが教師を辞めたことでそのまま疎遠になったきりだったんですね。「で、最近どうしてる?」って訊くと瑞江ちゃんのほうが「あたし失恋しちゃったの・・・」って。その失恋の痛手で教師を辞めちゃって今は老人ホームで働いてると、そう言うわけですよ。恋をした相手は劇作家で、マイナーな劇団を主宰してる男性なんですね。
 そんである時期までは普通にファンだったらしいんですけど、見るのにあきたりて手紙を送ったら、その手紙を通じてその劇作家の男性と付き合うことになった・・・と。瑞江ちゃんは生物の教師ですから「あなたの作品には細胞に似たところがある」みたいな深いテーマの内容だったので劇作家も興味を持って付き合いはじめるわけなんです。でも劇作家の男は結婚してるんですよね。しかも劇団の女優と。だから瑞江ちゃんは不倫というかたちで付き合うことになるんですけど、劇作家の嫁さんが、自分に別れろと迫ったり、自宅にちっちゃい小包を送ってきて、なか開けると虫の卵がいっぱい入ってたり。まぁ、そういう嫌がらせをしてくるわけですよ。そんで泥沼状態になって、けっきょく最終的に劇作家と奥さんは離婚して、今は彼と付き合っているという話に終わるんですね。
 そんで訊き手だった主人公は「よかったね」って。そしたら瑞江ちゃんのほうも「うん、これから私も幸せになる!」って。
 そのあと、ちょうどその劇作家の舞台をやっていたので二人で一緒に見行こうってことになるんです。
 そしたらなぜかチケット貰って主人公は普通に入れるんですけど、瑞穂ちゃんだけがなんか受付でもみあってるんです。「どうかしたの?」って訊いたら、向こうが「わかんない、なんか私にチケット売ってくれないのって・・・」って困惑してるんですよ。主人公が受付の人にどうして入れなんですかって訊くと、「その人はブラックリストにのっています」って返される。そしたら瑞穂ちゃんが言っていた劇作家の男が困惑した表情でやってきてですね、主人公がことの経緯をすべて話すと、男のほうが「あなたは誤解しています。あの人は僕の愛人でもなければ妻でもありません。まったくの赤の他人です」って。主人公頭真っしろ。

 つまり今までの話、瑞恵ちゃんの妄想だったんですよ!!! 劇作家と付き合ったことも。愛のメッセージも。虫の卵のことも。全部うそ。瑞穂っていう女のただの妄想。何一つ現実に起こってなかったんです。しかも本人は信じ切っている。
 つじつまが合っている分、怖いですねぇ。あとでそれが大ウソってわかると、途方もない恐怖を感じます。そこをうまく回避して上質な恐怖をつむぎだしている、これはすごい短編です。ネタばれしましたが是非読んでください。ボクが人生で一番怖いと思ったお話です。

 

 以上、ボクを心の底から恐怖させた小説群でした。