・・・・・・・・・”一人暮らし”始めた。

 
 
夢”・・・とは、或る日、永い助走の末、気付いた時に、忘れている、のが一般的だ。一度の勝負で敗北して、諦める、ということはまず少ない、そんな夢を、永い時間、追いかけ、ほぼなに一つ、結実した武功も、花咲いた夢も、生まれた時から、ずっと一切なく、親に、頼りっきりで、生きてきた私、が、最近、人生で、初めて、親から独立して、先日、1人暮らし、をはじめた。大学を中退後、ずっと、親と同居していたのだが、そんな親が、突然、家から出て行ってしまった
 
理由は、只1つ、単刀直入に言うと、不動産対策だ。今、近所のマンションを購入すれば、其の家を、売ると、家賃収入になる、というので、親が、引っ越した(しばらく其の家に住んで、時価が上がったら、売るつもりらしい)。で、私は、先日から家で、1人暮らし、をはじめた。引きこもりの最強のポジション、実家で一人ぐらし、を手に入れたのである。

で、先月から、私は、ガチで、1人暮らしをしている。自分で洗濯をして、自分で、料理を買い出しして、皿洗いも、自分で、する。今まで、自分の飯は、時々自分で作ったりはしていたが、基本、全部、親に、やってもらっていたので、すっごい、めんどくさいのだが、親にぐちぐち言われることもないと、有り余るほどのメリットがある。

だが、今までは、親と同居していたので、なんとなく独りぼっち感が、表面的には、薄まってきたが、1人暮らしを始めて、「孤独」性が、より浮き彫りになってしまった。これが自分的には結構、応えている。なんていうんだろう。社会に全く相手にされてない人って、私のような人のことなのかと。

これまでは親に頼りっきりだったが、今は、全部自分で一人で、行う。自助だ。自分一人でする。そしたら、あることに気づいた。私は、初めて「自助」を実践することとなり、今までにない孤独感、を感じるようになった。

自助とは、詰まるところ、人間無関係に、他ならなかったのだ。

「自助」を極めた人間に待っているのは、人間同士の「共助」を不可能にする、人間無関係、だと言うことに気付いた。これが、日本的「自助」だと、最近気づいた。そりゃ自殺する人出てくるわな。